握手する

右側から見ているときはずっといつもの笑顔だったのに、左にまわって前の列に出たらなぜか違っていた。苦しそうに、なにかひどいことを言われたように引きつって見えた。なんだろう? 本当にひどいことを言った人がいたの? つらいことを思いだしたの? 疲れたの?
「休憩でーす」
と言われて、客席に手を振る姿はいつものよっすぃ〜だった。再開するとまた苦しげな笑顔で手を握っていた。うなずいて、「ありがとうございます」と言っているのに。
前にいくほど列の進みは早くなり、はがきをチェックされて、ステージの下で手紙を渡して、とんとんと階段をのぼったら私もステージの上にいた。警備員が多すぎてどれがメンバーなのかよく見えない。
小春はポニーテールで黒い服で、まつ毛がぱっちり上がって、ほんとにかわいい。ちっちゃい。
「小春ちゃんかわいいです」
って言おうと思ったけど、「小春ちゃん」呼ばわりしていいの? と急に思い、
「がんばってください」
とだけ告げる。小春はちゃんと私の言葉を聞きとろうとし、
「ありがとうございます」
と言ってくれた。
後ろから見るとどんどん横に流されているようだけど、前に立てばたとえ五秒でもふたりの時間はある。ちっちゃい手を握りながら、ああやっぱりもっと意味のあることを伝えればよかった…もったいない…と後悔する。
光井ちゃんは白い服のせいもあってか影が薄かった。両側のオーラが強すぎた。それに、私の心は完全に左に移っていた。
よっすぃ〜を目の前にする。
言葉はそれこそ何ヶ月も考えていたけれど、結局はこの一言しかない、と自然に決まって、はっきりと伝えた。
手には注意が向かなくて、感触も覚えていない。
ただ、目をまっすぐに見た。
言い終えて手をたぶんすぐ離して、最後にもう一瞥、と目を上げたら、よっすぃ〜は黙って私を見ていた。
「ありがとうございます」
もなにも言わずに。
左に歩いていく私を目で追っていた。
なんで見てるのー? と思いつつ、ただうなずき返し、立ち去る。